【はじめに】
娘の妊娠を知ったとき、嬉しさと同時に
正直「どう関わればいいんだろう」と戸惑いました。
私は5人の子どもを出産しています。
それなりに経験はあるつもりでした。
でも、いざ娘が妊娠すると
その経験がそのまま通じるわけではないことを何度も感じるようになりました。
【昔の常識が通じなかった瞬間】
・「それくらい大丈夫」と思いそうになった場面
・食事・体重・動き方など
・今は医学的に考え方が違うと知ったこと
私が妊娠していた40年前。
「赤ちゃんの分も食べなさい」
「二人分食べないと栄養が足りない」
そう言われるのが当たり前でした。
ところが娘にそう言いかけたら、すぐに返ってきた言葉。
「今は”質を大事に”って言われている」
量よりバランス。
体重管理も”増えすぎ注意”だけでなく、細かく指導されている。
あの頃の”常識”は、もう昔の話でした。
私の時代、つわりは我慢するもの。
「みんな通る道」
「病気じゃない」
そう言われて、吐きながら家事も育児もしていました。
でも今は、
・つわり外来
・点滴治療
・診断書を書いてもらって休む
そんな選択肢がある。
娘が「今日はしんどいから休むわ」と言ったとき、心のどこかで思ってしまった。
「それくらいで?」
でもすぐに気づきました。
しんどさは比べるものじゃない。
時代が変わったのではなく、
妊婦さんが大事にされるようになったんだ、と。
一番の衝撃はこれでした。
「お母さん、それ今は違う」
何気なく言った一言が、
今の医療や考え方とは合わなかった瞬間。
悪気はない。
でも、善意がプレッシャーになることもある。
私はそこで、やっと気づいたのです。
”経験者”が正しいとは限らない。
それでも、伝えられること
昔の常識は通じなくなった。
でも、無駄になったわけではありません。
・不安で眠れなかった夜
・陣痛の怖さ
・初めて抱いたときの涙
それは、今も昔も変わらない。
医療は進歩しても、
母になる気持ちは同じ。
だから私は今、
「教える側」ではなく、
「そっと寄り添う側」でいたいと思っています。
【良かれと思って言いそうになったこと】
・励ましのつもりだった言葉
・不安を軽くしようとして言いそうになった一言
・でも、飲み込んだこと
娘の妊娠がわかったとき、私はうれしくて、うれしくて。
5人産んだ母として、
「何でも聞いてね」と思っていました。
でも実は……
何度も、言いそうになって飲み込んだ言葉があります。
つわりでしんどそうな娘。
横になったまま動けない日もある。
私の時代は、
吐きながらも家事をして、上の子の世話もしていた。
だから一瞬、頭をよぎったんです。
「それくらい、みんな乗り越えてきたよ」
でも、すぐに思い直しました。
”みんな”の中に、目の前の娘はいない。
時代も、体も、状況も違う。
比べる意味なんて、ない。
「母親なんだから」
これが一番、危なかった言葉かもしれません。
不安を口にする娘に、「母親になるんだから強くならないと」
そう言いそうになった瞬間がありました。
でも思い出したんです。
私だって、強かったわけじゃない。
怖くて、痛くて、何度も泣きました。
”母親になる”のは一瞬じゃない。
少しずつ、時間をかけてなっていくもの。
【娘との距離感で気をつけていること】
・こちらからアドバイスしすぎない
・聞かれたら答える
・情報は押しつけない
私は娘を思っている。
それは本当。
でも、「経験者の言葉」はときどき重い。
悪気がないからこそ、
余計に重い。
だから私は決めました。
アドバイスは、求められたら。
基本は、聞く。
「大丈夫?」よりも
「しんどいね」
「こうしたら?」よりも
「どうしたい?」
昔の私なら、全部教えたくなっていた。
でも今は、
娘の妊娠は、娘のもの。
私は、そっと後ろで支える人でいたい。
親として心配でも、主役は娘と赤ちゃん。
【同じ立場の母世代へ】
娘の妊娠に嬉しさと同時に戸惑いを感じている方は、きっと私だけではないと思います。
わからないことがあっても、
「今はそうなんだ」と学び直すことで、少し気持ちが楽になりました。
【まとめ】
5人産んだ経験があっても
娘の妊娠は、まったく別の出来事でした。
経験があるからこそ
一歩引いて見守ることも大切なのかもしれません。
母として、今できることを
これからも考えていきたいと思います。

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